スコットランド本土最北の港町・ウィック。スコッチの一大産地であるハイランド地方のさらに北の外れ、北海と出合う海辺にその蒸溜所はある。1826年の創業以来、オールドプルトニーはひたむきに“海のモルト”を育んできた。世界有数のニシン漁で栄えた漁師町の記憶と、絶え間ない潮風。その風土が樽に息づき、ほのかな潮の香りという、この蒸溜所だけの個性を形づくる。海はここでは単なる風景ではなく、ウイスキーを共に育てる相棒であり、味わいの核そのものだ。
2026年、創業200周年。節目に放たれた限定ボトルの一つが、この「30年」である。用いられたのは、蒸溜所マネージャー、マルコム・ウェアリングが30年前、自ら詰めた樽。アメリカンオークで長い眠りに就かせた後、スパニッシュオークでフィニッシュを施すことで、歳月が描ける奥行きとつややかな甘みを最大限に引き出した。デカンタもまた蒸溜所の象徴だ。平らな頂部を持つ独特のポットスチル(蒸溜器)へのオマージュとして、特徴的なボトルネックを採用。たたずまいそのものもウィックの物語を映している。
グラスから立ち上るのは、シュガーアーモンドと甘いオークを軸に、洋梨や青リンゴ、トフィー、そして潮風を思わせる香り。口に含めば、やわらかな果実味は塩キャラメルや焼きリンゴへと移ろい、シナモンやナツメグの風味が重なる。甘みと塩味が美しく溶け合い、余韻へ。30年という時間が、北海の荒々しさを包み込み、円熟という名のエレガンスへと昇華させた。200年という歴史と30年という歳月、そしてウィックという土地の記憶を琥珀に封じ込めた一本は、単なる限定品ではない。時間と土地の個性を味わいへと翻訳した、次代へ受け継がれるべき“記憶”である。
※雑誌『Esquire Japan』2026年10月号より転載














